今日を摘む

ハガキでは間に合わないときの手紙ばこ。

腕時計が壊れる夢

腕時計が壊れる夢を見た。
針が外れてしまい、はめ直しても動かなかったのだ。

 


心理学では、腕時計は恋人を表すのだそうだ。
なるほど、と思った。

 


夢の中で壊れた腕時計は、現実に私が使っている物と全く同じものだった。
それは某アクションゲームとのコラボ商品で、美しいグリーンが特徴的な、とある詭計知将をモチーフとした品である。

 

 


その腕時計が発売された当時、某アクションゲームは転換期にさしかかっていた。
細やかなキャラクター設定とセリフの面白さが売りだった某アクションゲームは、メインシナリオを担当されていたスタッフさんが抜けられたのを境に、ファンが望む物からどんどん遠ざかっていった。
鳴り物入りで発売された新バージョンのソフトも、シナリオを進めるたびに首をかしげてしまうような展開ばかりで、私は全然楽しめなかった。

 


もう、あのころの作品はないのだ。
コントローラーをそっと置き、ゲームから離れる決意を固めたとき、そのコラボ腕時計は発売された。

 


キャラクターの意匠をさりげなく取り入れたデザイン。
白の盤面に映えるグリーンのクロノグラフと銀のアイデンティティモチーフ。
牛革の黒いベルトの内側に隠された緑の染色は、心の底に刻まれた忠義を示すかのよう。

 


私はめちゃくちゃ迷った。
デザインはステキだが、もうこのゲームに対して三万弱のお金を落とす気はない。
作品に見切りをつけたのは数年前から始まったプロデューサーの謎運営に飽き飽きしていたからであり、一朝一夕で決めたことではない。
また、旅先でぱーっとお金を使った直後だったこともあり、マジの金欠でもあった。

 

 


数ヶ月ほど逡巡し、今では当時の面影などすっかり分からぬほどに変貌しきってしまったが、それでもこの作品に出会えたこと自体が幸運であるとの感謝を込めて、購入ボタンをクリックしたのだ。

 

 


それは毎日私の腕で時を刻み、ストップウォッチ機能をヘビロテし、ベルトが切れるほどに愛用し、新ベルトも吟味に吟味を重ね、さすがに黒×グリーンのベルトはなかったので黒×グレーのシャレオツなやつを探し出して付け替えた。

 

 


苦労して手に入れ、常に傍にあり、メンテナンスしながら大切に使用してきた。
それがもう、取れた針をはめ直しても動かなかったのだ。
もう、何をしても無駄だよと夢が告げてくれた気がした。

 

 


ああ、恋人をなくすってこういうことかあ。
そりゃ悲しいし喪失感はでかいし、泣きたくなって当たり前だよなあ。

 

 


ありがたいことに私の腕時計は「綺麗なグリーンですね!」って褒めていただくことも多かった。
私自身も気に入っている。
デザインはもちろん、ストップウォッチ機能が便利で、仕事でも毎日活躍している。
公私ともにこの上ないパートナーだった。

 

 


…そんな大切なものを失ったら悲しくて当然だよって、そのことに気づけただけでもよかった。

 

 

 

 


さて、もし本当に今の腕時計が壊れてしまったとしたら。
私は適当に次の物を見繕うようなことはなしないだろう。
いろいろ調べて吟味して、本当にいいものを選ぶだろう。

 


時間をかけて妥協することなく、予算もしっかり取って、自分自身が納得できる物に出会うまで探し続けるだろう。
なら、今の私がするべきことは理想の時計についてイメージを明確にしたり、資金を貯めたりすることだ。

 


(なお、夢占いにおいて「腕時計が壊れる夢」は吉夢だそうだ。
 時間的な束縛からの解放を意味するらしい。)

 

 


幸い、私のグリーンの腕時計はまだまだ現役である。
もし次に腕時計を買うならトゥルービヨンがいいなあ、でもストップウォッチ付きのトゥルービヨンなんていくらするんだろう? 

などと想像の翼をはためかせながら、喪失の痛みを癒やしている。